2026年08月20日
長崎大学大学院総合生産科学研究科博士後期課程(日本学術振興会特別研究員)の福岡太一氏、教育学部/大学院総合生産科学研究科の大庭伸也准教授、教育学部生の佐藤宗彦氏、熊本水生生物研究所の松井英司氏の研究グループは、絶滅危惧種であるマルコガタノゲンゴロウが限られたため池で生活サイクルを完結させること、分散能力が低いことを野外調査と室内実験によって明らかにしました。このことから、外来種の侵入や開発、水質汚染といった人為的な影響を受けやすく(逃れることができない)、分散能力の低さが個体数の減少要因の1つとなっている可能性が示唆されました(図1)。
図1 マルコガタノゲンゴロウはため池で生活サイクルを完結させ、 |
【背景】
昆虫類の多くは飛翔や歩行によって分散し、生息地の利用拡大や個体群の維持に重要な役割を果たしています。そのため、絶滅危惧種の保全を講じるうえで分散能力を明らかにすることが重要です。水田環境※1に生息するゲンゴロウ類は一般的に飛翔によって分散します。そして、春にため池から水田へ、晩夏(水田に水が無くなる時期)に水田から池へと季節的に移動するため、生活サイクルを完結させるためには高い分散能力が必要となります。
マルコガタノゲンゴロウは環境省版レッドリストで絶滅危惧IA類、種の保存法において国内希少野生動植物種に指定されている絶滅危惧種です。生息地は主にため池であることが知られていますが、生息地の利用実態や分散能力は十分に解明されていませんでした。
本研究では、マルコガタノゲンゴロウの減少要因の特定と保全のための提言を目的とし、野外の生息地利用(ため池と水田の季節的な利用実態)、飛翔行動(飛翔する頻度)、分散に関連する形態(翅や脚の長さ)を調査しました。
【方法】
本調査は、マルコガタノゲンゴロウおよび同所的にみられた近縁種のコガタノゲンゴロウを対象に実施しました。生息地利用の調査では、熊本県にあるため池(A、Bの2カ所)とその周辺の最も近い水田を対象とし、5月から10月にかけて各水域における両種の個体数を記録しました。飛翔行動の実験では、実験室で4月から10月の各月1回に両種を強制的に陸地に置き、1時間以内に飛翔するかどうかを記録しました。分散に関連する形態的特徴として、両種の体長、体幅(前胸幅)、後脚長、前肢長、後翅長、後翅面積を計測しました。
【結果・考察】
生息地利用の調査では、マルコガタノゲンゴロウは池Aでのみ確認され、幼虫も出現しました。一方で、コガタノゲンゴロウは初夏に水田で成虫と幼虫が出現し、秋に池A・Bで成虫が出現しました(図2)。
図2 ため池と水田におけるマルコガタノゲンゴロウおよびコガタノゲンゴロウの個体数の季節変動 |
飛翔行動の実験では、マルコガタノゲンゴロウはどの月でも飛翔した個体は観察されませんでした。一方で、コガタノゲンゴロウは10月を除くすべての月で飛翔した個体が観察されました(図3)。
図3 マルコガタノゲンゴロウおよびコガタノゲンゴロウの飛翔率 |
分散に関連する形態的特徴を定量化するため、体長を基準とした各部位の測定値(体幅、後脚長、前肢長、後翅長、後翅面積)について主成分分析※2を行った結果、PC1スコアは体幅と翅の大きさ、PC2スコアは後脚の長さを表す指標であることが分かりました。それぞれのスコアはマルコガタノゲンゴロウとコガタノゲンゴロウで有意な違いがみられ、マルコガタノゲンゴロウはコガタノゲンゴロウよりも翅が小さく、脚が長いことが分かりました(図4)。
図4 マルコガタノゲンゴロウおよびコガタノゲンゴロウの分散関連形態のPC1・PC2スコア 異なるアルファベットは統計学的に有意な違いを示す(P<0.05) |
以上の結果から、マルコガタノゲンゴロウは限られたため池で生活サイクルを完結させていることが明らかとなりました。コガタノゲンゴロウを含む水田環境に生息するゲンゴロウ類の多くは、水田に水が張られるとそこで繁殖することが知られていますが、マルコガタノゲンゴロウは水田を繁殖地として利用しないと考えられます。また、マルコガタノゲンゴロウはコガタノゲンゴロウと比較して飛翔能力、分散に関連する形態が小さいことが明らかとなり、これは野外の生息地利用パターンの結果を支持しています。
マルコガタノゲンゴロウは分散能力が低いため、侵略的外来種の侵入や開発、水質汚染などの人為的な影響によって生息環境が悪化した際、自力で他の生息地へ避難することが困難です。このことが、本種の減少要因の1つとなっている可能性が示唆されました。また、新たに生息地を創出したとしても飛来する可能性が低いため、残存する生息地を維持するとともに、生息域外保全※3で増殖させた個体を新たな生息地に導入することが本種の保全に有効であると考えられます。
【今後の課題】
今回の室内実験ではマルコガタノゲンゴロウの飛翔行動が観察されなかったものの、実験とは別に水槽内で飛翔する様子が観察されています。すなわち、本研究は本種が全く飛翔しないことを意味するものではありません。これは、地域個体群の違いや飛翔を誘発する要因が関連している可能性があるため、更なる調査が必要です。また今後、生息域外保全や個体導入を進めるためには、個体群間の遺伝的分化と生息適地を明らかにしていく必要があります。
※1 ここでは水田をとりまく水路やため池などの水域全体を「水田環境」と定義しています。
※2 主成分分析とは、多くの変数に含まれる情報を少数の軸に要約する統計解析手法です。
※3 生息域外保全とは、野生の生息地(生息域)の外で生物を飼育・繁殖・保存することで絶滅を防ぐ保全手法です。
本研究は、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2172)、日本学術振興会特別研究員奨励費(25KJ1978)の助成を受けました。マルコガタノゲンゴロウの捕獲は許可を得て実施しました(大学における教育又は学術研究のための国内希少野生動植物種捕獲等届出(通知)書:2025年3月12日受領)。本研究の成果は国際学術誌『Journal of Insect Conservation』に2026年8月18日に公開されました。
【論文情報】
Fukuoka T, Sato M, Matsui E, Ohba S (2026) Are restricted habitat use and extremely low dispersal ability drivers of the decline of the endangered diving beetle Cybister lewisianus? Journal of Insect Conservation, 30: 75
(限られた生息地利用と極めて低い分散能力は絶滅危惧種マルコガタノゲンゴロウの減少要因となっているのか?)
・著者名と所属
福岡太一(長崎大学大学院総合生産科学研究科博士後期課程(日本学術振興会特別研究員))
佐藤宗彦(長崎大学教育学部)
松井英司(熊本水生生物研究所)
大庭伸也(長崎大学教育学部/大学院総合生産科学研究科 准教授)
論文(英文)ダウンロード
DOI: https://doi.org/10.1007/s10841-026-00810-y
