2026年09月07日
長崎大学原爆後障害医療研究所血液内科(原研内科)の田口正剛助教、宮﨑泰司名誉教授(現 日本赤十字社 長崎原爆病院 院長)らの研究グループは、被爆距離1 km未満の近距離被爆者の血液サンプルを解析し、原爆被爆者にみられるクローン性造血(※1)の特徴を明らかにしました。本研究成果は、2026年8月12日にSpringer Nature社が発行する科学雑誌『Leukemia』へ掲載されました。
(※1)クローン性造血:造血幹細胞が加齢とともに遺伝子変異を蓄積し、そのような造血幹細胞から血液細胞が作り出される現象
【ポイント】
• 被爆距離1 km未満の近距離被爆者では、非被爆者と比べ、DNAコピー数異常(DNAの一部が欠失したり増幅したりすること)を伴うクローン性造血の頻度が高いことがわかりました(18.8% vs. 1.6%)。
• 特に、20番染色体長腕の欠失[Del(20q)](※2)が高い割合で確認されました(8.8% vs. 0.2%)。
• 原爆被爆者にみられるクローン性造血が、病気の発症とどのように関連するのかを明らかにすることが、今後の課題です。
(※2)Del(20q):ヒトの20番染色体において長腕の一部が欠失した状態 |
【研究の背景・目的】
ヒトの細胞は2万数千個もの「遺伝子」という設計図を持っており、これらの遺伝子から様々なタンパク質が作られ、各細胞がそれぞれの役割を果たしています。遺伝子はDNAと呼ばれる物質でできており、加齢やタバコなど様々な原因により、DNAに傷(変異)が生じます。このDNAの傷が、細胞の増殖を制御する遺伝子など「がん」に関わる遺伝子に生じた場合、細胞の増殖を適切に制御できなくなり、様々ながんの発症につながります。放射線も遺伝子変異を引き起こす原因として知られており、原子爆弾による放射線(原爆放射線)も含まれます。
原爆被爆者、特に近距離被爆者では、様々ながんの発症リスクが高まることが知られており、血液の病気である骨髄異形成症候群(MDS)もそのひとつです。MDSは、骨髄の中にある造血幹細胞(血液を作り出すもととなる細胞)が加齢とともに遺伝子変異を蓄積することで発症する病気で、主に高齢者に見られます。長崎大学原爆後障害医療研究所の原研内科を中心とした研究グループはこれまでに、近距離被爆者で被爆後40年以上を経てMDSの発症リスクが高まること、そしてその臨床像や遺伝子変異の特徴について報告してきました。しかし、被爆後長期間経過した後に、MDSの発症リスクが高まる仕組みについては、いまだ明らかとなっていません。
近年、「クローン性造血」という現象が、非被爆者、被爆者に関わらず、高齢者にしばしば認められることが知られています。クローン性造血があっても、一般の血液検査では異常が見つからず、ほとんどの方は普通に過ごしています。一方、その一部はMDSをはじめとする血液がんの発症に関与することも報告されています。そこで、被爆後40年以上経過しMDSの発症リスクが増加している近距離被爆者に着目し、そのクローン性造血に何か特徴があるのではないかと考え、今回原研内科を中心とした研究グループが解析を行いました。
【研究の成果】
本研究は、京都大学医学研究科の小川誠司教授、東京大学医科学研究所の南谷泰仁教授らと共同し実施され、爆心地から1km未満で被爆した80例の近距離被爆者を対象に、血液 (末梢血) の遺伝子解析 (全エクソン解析) を行いました。東京大学医科学研究所を中心に実施されたバイオバンクジャパン研究(※3)の2,400例の非被爆者と比較した結果、原爆被爆者のクローン性造血ではDel(20q)などのDNAコピー数異常の頻度が明らかに高く(18.8% vs. 1.6%)、非被爆者のクローン性造血で頻度が高いとされるDNMT3A, TET2, ASXL1といった遺伝子の変異が低い (7.5% vs. 16.6%) ということが明らかとなりました。(※3)バイオバンクジャパン:全国の協力医療機関から収集した生体試料と診療情報を分析し、医学研究の基盤を提供する研究。
【今後の展開】
放射線はDNAを切断し、その過程でDNAの一部が失われる「欠失」を引き起こします。本研究では、原爆被爆者でDel(20q)をはじめとした欠失を伴うクローン性造血が多く確認されました。このことから、原爆放射線がこうした欠失を直接的に引き起こしたことや、Del(20q)を持つ造血幹細胞が被爆前から存在し、被爆による障害を受けながらも生き残って加齢とともに増加したことなどが考えられます。今後は、この仕組みをより詳細に解明していくとともに、今回明らかとなった被爆者のクローン性造血の特徴が、血液がんや他の病気の発症にどのように関与するか、明らかにしていかなければなりません。
【掲載論文情報】
論文タイトル:Clonal hematopoiesis related to ionizing radiation in atomic bomb survivors.
著者名:Masataka Taguchi, Shinya Sato, Yasuhito Nannya, Hiroyuki Mishima, Makiko Horai, Koji Ando, Akira Kinoshita, Ryunosuke Saiki, Yotaro Ochi, Kazuhiro Nagai, Kenichi Yokota, Koichiro Hamada, Jun Miyata, Takahiro Maeda, Shinichi Namba, Yukinori Okada, Koichi Matsuda, Seishi Ogawa, Koh-Ichiro Yoshiura & Yasushi Miyazaki
掲載誌:Leukemia
DOI:https://doi.org/10.1038/s41375-026-03101-2
