2026年09月08日
長崎大学熱帯医学研究所および熱帯医学・グローバルヘルス研究科の研究グループは、名古屋大学、鹿児島大学との共同研究により、36,160種類の化合物を対象としたハイスループットスクリーニング(※1)を実施し、マラリア原虫(Plasmodium falciparum)に対して強い増殖阻害活性を示す多数の新規化合物を発見しました(図1)。
さらに、計算科学的解析(化合物クラスタリング解析(※2)と分子ドッキング解析(※3))を組み合わせることで、これまで抗マラリア活性が報告されていない複数の新規化学骨格(ケモタイプ)(※4)を同定するとともに、一部の化合物については既知創薬標的であるPfATP4(ナトリウム排出ポンプ)、PfPI4K(ホスファチジルイノシトール4-キナーゼ)およびPfDHODH(ジヒドロオロト酸脱水素酵素)を阻害することを明らかにしました(図1)。これらはいずれもマラリア原虫の生存や増殖に重要なタンパク質であり、その働きを阻害することで原虫の増殖を抑制できると考えられています。
本研究成果は、新しい作用機序を有する抗マラリア薬の創製につながる重要な知見であり、薬剤耐性マラリアの克服に向けた新たな創薬基盤となることが期待されます。
図1.研究の流れ ハイスループットスクリーニングと計算科学的解析により、マラリア原虫に対して活性を示す複数の化合物群を同定した。 |
【研究の背景】
マラリアは世界で最も深刻な感染症の一つであり、世界保健機関(WHO)が公表した『世界マラリア報告書2025』によると、2024年には約2億8,200万人が感染し、約60万人が死亡したと報告されています。また、近年では既存の抗マラリア薬に対する耐性原虫が世界各地で出現しており、新たな作用機序を有する抗マラリア薬の開発が喫緊の課題となっています。
このような背景から、本研究では新しい創薬シーズとなる化合物を発見することを目的として、ハイスループットスクリーニングを実施しました。
【研究成果の詳細】
研究グループは36,160種類の化合物を対象としてハイスループットスクリーニングを実施し、マラリア原虫に対して高い活性を示す数百種類の化合物を同定しました。
これらのヒット化合物について化合物クラスタリング解析を行った結果、これまで報告されていなかった複数の新規化学骨格を発見しました。これらはマラリア原虫の赤血球内における増殖を強く阻害することから、新たな抗マラリア薬のリード化合物(※5)となる可能性があります。
さらに、薬剤耐性解析(※6)と計算科学的解析により、一部の新規化合物は既知の抗マラリア薬標的である以下のタンパク質に作用する可能性が示されました。
• PfATP4
• PfPI4K
• PfDHODH
また、分子ドッキング解析によってPfATP4およびPfPI4Kへの結合様式を予測し、PfDHODHについては酵素阻害試験により実際に阻害活性を示すことを確認しました。
これらの成果により、次世代抗マラリア薬開発に利用可能な創薬シーズを大幅に拡充するとともに、それらの作用機序解明に向けた重要な基盤を構築しました。
【今後の展望】
今回発見した新規化合物群は、次世代抗マラリア薬開発に向けた有望な創薬シーズとなります。
今後は以下の研究を進め、新しい抗マラリア薬の実用化を目指します。
• 新規化学骨格が作用する分子標的の解明
• 医薬品化学による化合物の最適化
• 前臨床モデルでの有効性評価
また、本研究で構築したハイスループットスクリーニング、計算科学的解析を統合した創薬プラットフォームは、マラリアだけでなく他の感染症創薬にも応用可能であり、世界的な薬剤耐性問題への対応やマラリア制圧に大きく貢献することが期待されます。
(※1)ハイスループットスクリーニング(HTS)は、半自動化技術を用いて数万~数十万種類の化合物を高速・効率的に評価し、薬の候補となる物質を見つけ出す創薬技術です。
(※2)化合物クラスタリング解析とは、多数の化合物から化学構造や物理化学的性質が似ているもの同士をグループ分けするデータ解析手法です。
(※3)分子ドッキング解析とは、コンピューターを用いて、薬の候補となる化合物が病気の原因となるタンパク質にどのように結合するかを予測する解析手法です。実験だけでは確認が難しい相互作用を効率よく調べることができ、新しい治療薬の開発を加速することが期待されています。
(※4)化学骨格(ケモタイプ)とは、これまでのマラリア薬とは異なる基本構造を持つ新しいタイプの化合物です。このような化合物は、新しい作用の仕組みを持つ薬となる可能性があります。
(※5)リード化合物とは、新薬開発の出発点となる有望な薬の候補です。より高い効果や安全性を目指して構造を改良しながら、医薬品へと開発が進められます。
(※6)薬剤耐性解析とは、作用機序が既知の薬剤に対して耐性を獲得したマラリア原虫株を用いて候補化合物の薬効を評価し、親株と比較して薬効が低下する化合物を特定する手法である。既知薬剤との交差耐性を指標とすることで、候補化合物が既知薬剤と同一または関連する作用機序を有する可能性を推定できる。
【論文情報】
• 掲載誌:International Journal for Parasitology: Drugs and Drug Resistance
• 論文タイトル:High-throughput phenotypic screening identifies novel antimalarial scaffolds and target-associated chemotypes
• 著者:Japheth Kibet Ng'etich, Normalita Eka Pravitasari, Takeshi Ishikawa, Naoya Kadofusa, Ayato Sato, Shinjiro Hamano, Takaya Sakura, Daniel Ken Inaoka.
• 掲載年:2026年
• DOI: https://doi.org/10.1016/j.ijpddr.2026.100658
【研究体制】
• 長崎大学 熱帯医学研究所
• 長崎大学 熱帯医学・グローバルヘルス研究科
• 名古屋大学、鹿児島大学
• ケニアの国際共同研究機関
| 長崎大学・稲岡 健ダニエル https://www.tmgh.nagasaki-u.ac.jp/professors/inaoka-daniel-ken |
![]() |
⻑崎⼤学 熱帯医学研究所
https://www.tm.nagasaki-u.ac.jp/nekken/
研究室ホームページ
https://www.tm.nagasaki-u.ac.jp/molecdyna/
