2026年10月01日
岡山大学環境生命自然科学研究科博士前期課程( 研究当時)の⿁頭蓮氏( 高知大学卒)、高知大学理工学部の⾧谷川精准教授、岡山大学学術研究院先鋭研究領域(惑星物質研究所)のルジ・トリシット准教授、⾧崎大学の武藤鉄司名誉教授、イタリア・ダヌンツィオ大学の小松吾郎准教授(千葉工業大学惑星探査研究センター 客員主席研究員)らの研究グループは、火星に見られるデルタ地形(*1)を水槽実験で作ることに成功し( 図1)、その形成条件を明らかにしました。また、火星のデルタ地形の分布と形成年代を調べ、火星の海が消失したタイミングを解明しました。
現在の火星は極寒で乾燥した環境にあり、地表に液体の水は存在しません。一方でNASA の衛星探査などにより、火星の地表にはデルタや川などの流水地形が多数見つかったことから、約38 億年前には火星表面に液体の水が存在し、北部には広大な海が存在したと考えられています。しかし、海が消失したタイミングや、海の存在そのものについては議論が続いており、太古火星の水環境の歴史については未だに統一見解が得られていませんでした。
そこで⾧谷川准教授らの研究グループは、火星の表面に見られる「 デルタ( 川が海に流れ込む場所にできる地形)」に着目。武藤名誉教授が開発した⾧崎大学の実験水槽を用いた一連の実験により、火星に海が存在した裏付けを探るとともに、海の存在時期の解明に挑みました。その結果、火星表面に見られるデルタ地形ができる形成条件を調べ、大規模な海退(*2)でできるデルタ地形や、小規模な湖で水位上昇時にできるデルタ地形を特定することに成功しました。さらに同研究グループは、NASA の火星衛星探査画像(CTX(*3)、MOLA(*4))を用いて、それらデルタ地形の分布調査と、クレーター解析(*5)) に基づく年代測定を行いました。
その結果、38 億年前から32 億年前まで火星北半球に確かに広大な海が存在し、約32億年前に海が消失していたことが実証されました。火星の海はこれまで考えられていたより⾧い期間存在していたのです。さらに、約21 億年前以降にも小規模な湖環境がたびたび出現していたことも明らかになりました。このことは、太古火星に存在していた生命生息可能環境は、約32 億年前の海の消失以降も持続していたことを示しています。
この成果は、Nature Publishing Group が発行する科学誌「npj Space Exploration」に2026年10 月1 日付け(日本時間10 月1 日18 時)で掲載されます。
【ポイント】
・⾧崎大学の実験水槽を用いて、火星の表面に見られるデルタ地形がどのような条件で形成されたのかを明らかにした。
・海退でできたデルタ地形の分布と年代を調べた結果、38 億年前から32 億年前まで広大な海が存在していたことが明らかになった。
・約21 億年前以降にも小さな湖がまばらに存在し、太古火星における生命生息可能環境が、32 億年前の海の消失以降も存続していた可能性が示された。
図 1 海退で形成されたデルタ地形(ロブ伸⾧型デルタ)とその火星類似地形。 |
【研究背景】
現在の火星は平均気温-60℃と寒冷で乾燥しており、地表に液体の水は存在しません。
一方で、NASA による衛星探査や着陸探査によって、火星表面には多数の流水地形や、水の存在により形成される鉱物が多く見つかっています。そのため,太古の火星では液体の水が地表に存在し、⾧期的な水活動があったと考えられています(図2)。特に北部の低地には全球的に海岸線のような線状地形があることから、約 38 億年前には広大な海があったと考えられています。
この海は大規模な海水準下降と共に消失し、約 35億年前には、現在のような表面に水の存在しない寒冷乾燥な環境になったと考えられています。しかし、海が消失したタイミングは良く分かっていませんでした。また、推定されている海岸線地形の標高差が大きいことなどから、広大な海は存在せず、湖沼(こしょう)環境が点在していたとする説もあり、依然として議論が続いています。
このように、太古火星の水環境は未だに統一的な見解がありませんでした。
図2 火星の表層環境変遷の歴史。本研究で海の消失が約 32 億年前と特定された。 |
そこで本研究は、川が海に流れ込む場所にできるデルタに注目しました。火星表層に存在するデルタ地形は、地球上の海岸線に形成されるデルタ地形と共通する特徴であることから、水環境を解明する重要な地形と考えられています。しかし、先行研究ではデルタ地形と扇状地地形とを混同して扱っていたのに加え、デルタ地形の正確な年代を解析した研究がなく、広大な海がいつ存在し、消滅したのかについては明らかにされていませんでした。
【研究成果】
⾧谷川准教授らの研究グループは、水槽実験に基づくデルタ地形の成因解析と、クレーター解析による年代測定に基づき、太古火星の海の存在期間と、海が消失したタイミングを正確に特定することに成功しました。
本研究では、⾧崎大学の実験水槽(マルジ 5 号)を用いて、海水準変動を模擬した実験を行い、水位下降や上昇に伴うデルタ地形の形態変化を調べました。海退を模擬した水槽実験の結果、急速に水位が下降する際には、チャネル(流路)の分岐が抑制され、海側へロブ(細⾧い堆積地形)が伸びていくことが分かりました。特に実験途中で水位下降速度を急激に速めると、遅い下降速度で形成された扇形のデルタから細⾧いロブが伸びていくことが分かりました(図1)。そこで、海退で出来たデルタ地形を、「ロブ伸⾧型デルタ」と呼ぶことにしました。
一方で、水位上昇時には段々地形のデルタが形成されました(図3)。この段々地形は、速い速度の水位上昇により堆積が起こらない場所が出来ることで形成されたことが分かり、「ステップデルタ」と呼ぶことにしました。
図3 閉鎖湖内の水位上昇で形成されたデルタ(ステップデルタ)とその火星類似地形。 |
次に研究グループは、NASA の火星衛星探査画像(CTX、MOLA)を用いて、火星表面のデルタ地形を観察したところ、この水槽実験で作られた 2 種類のデルタ地形に類似した地形が、火星の複数地点で確認できました(図1,3)。
そこで、火星表面の 2 種類のデルタの分布を調べたところ、水位下降で形成されるロブ伸⾧型デルタは、先行研究で推定されていた広大な海の海岸線付近に位置していることが分かりました(図4)。また、デルタを作り出した川の流れも、広大な海があったと考えられている北部低地(*6)側に向かって流れていました。
一方で、水位上昇で形成されるステップデルタは海岸線から離れたクレーター内(閉鎖盆地(*7))にのみ分布していました(図4)。その標高分布は幅広く、海岸線よりもはるかに高い場所にも及びます(図4)。加えて、デルタを作り出した川も、海とは反対の南方向を含む様々な方向へ流れていました。
図4 本研究により明らかになった火星表層の2つのデルタ地形の分布。海退で形成されるロブ伸⾧型デルタは海岸線付近に限定されているのに対し、 閉鎖盆地内の水位上昇でできるステップデルタは様々な標高に認められる。 |
同研究グループはさらに、2種類のデルタ地形のクレーター解析に基づく年代測定を行いました。その結果、ロブ伸⾧型デルタは約 38 億年前から 32 億年前までの期間に形成されていたことが分かりました(図5)。また水位が変化しない条件で形成されるタイプのチャネル分流型デルタも同様の年代値を示しました。これらのデルタ地形の年代は、先行研究が示す海の存在を示す地形(海岸線,津波堆積物)及び大規模な流水地形(バレーネットワーク(*8)、アウトフローチャネル(*9))の形成年代とも非常に整合的でした(図5)。これらのことから、約 38 億年前から約 32 億年前までの期間は北部低地に広大な海が存在し、そして約 32 億年前頃に大規模な海退によって海が消失したことが明らかとなりました。
一方で、閉鎖盆地内の水位上昇でできるステップデルタの形成年代は、約 21~1 億年前と、ロブ伸⾧型デルタに加えて明確に若い年代でした(図5)。これは海が消失した後も、局所的な湖沼環境が存在していたことを示唆しています。また、約 32 億年前から約 21 億年前までは 2 種類のデルタ地形のどちらも形成されておらず、この期間は、火星表層の水活動が停滞していた可能性が示されました。
図5 本研究で対象としたデルタ地形と他の流水関連地形の年代と標高分布の関係性。緑色と黄色の点線は、先行研究で推定されている太古の海岸線の標高。 ロブ伸⾧型デルタとチャネル分流型デルタは 38~32 億年前の、太古の海岸線の標高範囲に集中している。 一方、ステップデルタは 21 億年前以降の地質学的に若い時代に形成され、幅広い標高に分布している。 |
以上の結果から、図 6 に示したような太古火星の水環境の大転換があったことが明らかになりました。約 38~32 億年前、北部低地に海があり、海岸線付近でロブ伸⾧型デルタが形成されました(図 6 左)。そして 32 億年前に広大な海が消失し、その後の約 32~21 億年前は、火星表層の水活動が停滞していた可能性が明らかになりました。
その後、約 21~1 億年前には、様々な標高で局所的な湖沼環境が存在していたことが明らかになりました。これは火山活動や隕石衝突により、山岳氷河や地下氷(永久凍土)の融解が起こり、その融解水がクレーター盆地内に流れ込んだことで、短期的な湖環境が発生したためと考えられます(図 6 右)。このように、約 21 億年前以降にも、火星表層には局所的ながらも水活動があった可能性があり、約 38 億年前頃の太古火星に存在した生命生息可能環境(ハビタブル環境)はもっと新しい年代まで存続していたと考えられます。
したがって本研究により、太古火星の海が約 32 億年前に消失したことや、水環境の大転換のタイミングを明らかにしたのに加え、火星のハビタブル環境が約 21 億年前以降も存続していた可能性が示されました。これは火星の環境進化史と生命存在可能環境の持続性に関する非常に重要な成果と考えられます。
図6 本研究が明らかにした,火星の表層環境の大転換のタイミング。 |
【論文情報 】
論 文 名: Delta morphology reveals timings of early ocean regression and hydrologic shift on ancient Mars
掲 載 誌:npj Space Exploration
著 者:Ren Kito (⿁頭 蓮), Hitoshi Hasegawa (⾧谷川 精)*, Trishit Ruj (トリシット ルジ) *, Tetsuji Muto (武藤 鉄司), Gian Gabriele Ori (ジャン ガブリエレ オリ), Goro Komatsu (小松 吾郎) *責任著者
DOI: https://doi.org/10.1038/s44453-026-00056-7
【補足・用語説明 】
注1)デルタ:海や湖の河口付近で川から運ばれた物質が堆積することでできる地形。
注2)海退:海面が低下し、海が陸側から沖側へ後退する現象
注3)CTX:NASA の火星探査機 Mars Reconnaissance Orbiter (MRO)に搭載されたカメラ。Context Camera の略。火星表面を約 6 m の解像度で広範囲に撮影している。
注4)MOLA: NASA の火星探査機 Mars Global Surveyor に搭載されたレーザー高度計。Mars Orbiter Laser Altimeter の略。1ピクセル約 200m。
注5)クレーター解析:対象領域内にあるクレーターの密度分布から年代を推定する法法。月のクレーターの年代分布に基づき、大きなクレーターが多く、クレーター密度が高い場所ほど古いという考えを基盤にしている。
注6)北部低地:火星の北半球に広がる標高の低い平原地域。かつて海が存在した可能性が議論されている。
注7)閉鎖盆地:流入河川のみが存在する閉鎖された湖(クレーター)。
注 8)バレーネットワーク:河川のように枝分かれした谷が連なる地形。かつて火星表面を水が継続的に流れていた証拠と考えられている。
注 9)アウトフローチャネル:大量の水が一気に流れたことで形成されたと考えられる、火星表面の大規模な流路地形
