2026年10月16日
長崎大学水産学部/大学院総合生産科学研究科(水産系)の竹垣 毅准教授、同大学大学院水産・環境科学総合研究科修了生の金谷 洋佑氏、川瀬 翔馬氏らの研究グループは、寄生的なスニーキング戦術をとるハゼ科魚類クモハゼを対象に、「スニーカーオス(sneaker male)※1」が産卵の早期に放精することで高い受精成功を得ていることを明らかにしました。本研究は、産卵が長時間にわたる多くの体外受精種の精子競争の進化を理解する上で貴重な知見を与えるものです。
※1 スニーカーオス:「スニーカー(sneaker)」は「忍び寄る」の意味があり、メスをめぐるオス同士の競争に正面から参加せず、他のオスの隙をついて繁殖するオスのこと。
【研究の背景】
体外受精を行う生物では、メスの放卵のタイミングに合わせてオスが精子を放出することが受精率を高めるために不可欠です。しかし、メスが数分から数時間にわたって断続的に産卵を続ける種において、オスがどのようなタイミングで精子を放出するのが最も有利(最適)なのかについては、これまでほとんど解明されていませんでした。
沿岸の潮間帯に生息するクモハゼ(Bathygobius fuscus)は体外受精を行うハゼ科魚類です。
本種では、巣穴を確保した大型の「営巣(えいそう)オス(nest-holding male)※2」がメスとペアで数時間にわたり産卵を行います。一方で、巣を持たない小型の「スニーカーオス」は、ペアが産卵中に巣内に隙を見て侵入(スニーキング:図1)し、精子を放出して自分の子孫を残そうと試みます(スニーキング戦術)。
これまでの野外観察から、「スニーカーオス」は産卵の初期段階で盛んに侵入を試みることが観察されていましたが(Ishibashi & Takegaki, 2023; https://link.springer.com/article/10.1007/s10641-022-01383-w)、なぜ初期段階での侵入を試みるのか、また実際にそれが受精成功(父性獲得率)の向上につながっているのかは明らかになっていませんでした。
※2 営巣オス:巣を作って縄張りを守り、メスに産卵を促すことで繁殖するオスのこと。
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【研究方法】
本研究チームは、クモハゼを用いて以下の実験および遺伝解析を行いました。
1) スニーキング実験と父性判定
・ 実験水槽内に「営巣オス」「スニーカーオス」「成熟メス」を配置し、「営巣オス」と「成熟メス」のペアが産卵を開始した後に、「スニーカーオス」を巣穴へ 1 回だけ侵入させました(計 14 セット)。
・ 産卵終了後、孵化した仔魚(1 ペアあたり 96 個体、計 1,344 個体)および親魚の DNA から 3 つのマイクロサテライト DNA マーカー※3を用いて遺伝解析を行い、「スニーカーオス」の父性(受精成功率)を推定しました。
・ 「スニーカーオス」の体サイズ、精巣重量、巣内滞在時間、産卵開始から侵入までの時間、営巣オスの体サイズなどが受精成功率に与える影響を一般化線形モデル(GLM)※4により解析しました。
※3 マイクロサテライト DNA マーカー:個体ごとに違いが現れやすい DNA 配列を利用した遺伝的な目印のこと。親子関係や集団内の血縁関係の解析などに用いられる。
※4 一般化線形モデル(GLM):複数の要因が結果に与える影響を統計的に評価するための解析手法。
2) メスの産卵速度(放卵ペース)の測定
・ メスが産卵開始から 1 時間の間にどれくらいの卵を産むかを調べるため、産卵開始 1 時間後に巣穴と卵を取り出し、産卵された卵数と卵巣内に残った未産卵数を計測・比較しました。
【主な結果】
1) 初期侵入による受精成功率の上昇
・ 産卵開始から 1 時間以内に巣穴へ侵入した「スニーカーオス」は受精成功(父性)を獲得していました(最大 29.2%)が、1 時間以上経過した後に侵入した「スニーカーオス」の受精成功率は 0%でした(図2)。
・ 「スニーカーオス」の体サイズ、精巣重量、巣内滞在時間は受精成功率に有意な影響を与えませんでしたが、「産卵開始から侵入までの時間が短いこと」、「侵入から産卵終了までの時間が長いこと」、「相手の営巣オスが小型であること」が、高い受精成功率の獲得に寄与していることが明らかになりました。
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2) メスの産卵ペース:前半に集中的に放卵
・ メスは推定される全産卵期間(1.9〜4.8 時間)のうち、最初の 1 時間で卵巣内の全所持卵数の平均 70%以上(約 71.8%)を産み出すことが分かりました(図 3)。この速度は、一定のペースで産卵すると仮定した期待値よりも有意に速いものでした。
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【考察】
「スニーカーオス」が産卵の初期に侵入することで高い受精成功を得られる理由として、以下の2 点が挙げられます。
1. 長寿命精子の存在:クモハゼ(特に「スニーカーオス」)の精子は数時間〜最大 9 時間程度も運動性を維持できるという極めて長寿命な特性を持ちます。そのため、初期に放出された精子が巣内に留まり、その後に産み出される卵を長時間にわたって受精させ続けることができます。
2. 産卵初期の産卵数の多さ:メスが産卵の最初の 1 時間に大部分の卵(約 70%)を産むため、初期に侵入したオスほど圧倒的に多くの受精機会を得ることができます。
また、「営巣オス」が小型である場合に「スニーカーオス」の受精成功率が高くなった要因としては、小型の「営巣オス」は精巣が小さく放出精子量が少ないことや、ヒレを煽いで巣内の他のオスの精子を排除する能力(Sperm removal)が大型個体に比べて低いことなどが考えられます。
【研究の意義】
一般に、体内受精を行う生物(交尾から受精までに時間的猶予がある)では最後の交尾オスの精子が優先される傾向があり、体外受精を行う生物(精子放出と受精がほぼ同時)では同時放精や直後の放精が有利とされてきました。
しかし本研究は、体外受精生物であっても「メスの長時間にわたる断続的な産卵」と「オスの精子の長寿命化」が合わさることで、「いかに早く(早期に)精子を放出するか」が精子競争の勝敗を決める重要な要因になることを実験的に実証しました。本成果は、精子放出から受精までにタイムラグが存在する体外受精生物における精子競争や繁殖戦略の進化を理解する上で、従来の「交尾・放精の順序」や「受精様式」の枠組みを超えた新たな視点を提供するものです。
【論文情報】
• タイトル:Sneak early, as females lay eggs fast: sperm competition in a fish with long spawning duration(早く忍び込め、メスが早く産卵するから:産卵時間が長い魚類における精子競争)
• 著者
Yosuke Kanatani(金谷 洋佑:長崎大学大学院水産・環境科学総合研究科 2015 年修了)
Shoma Kawase(川瀬 翔馬:長崎大学大学院水産・環境科学総合研究科 2013 年修了)
Noriyosi Sato(佐藤 成祥:東海大学海洋学部海洋生物学科・准教授)
Takeshi Takegaki(竹垣 毅:長崎大学水産学部/大学院総合生産科学研究科・准教授)
• 掲載誌:Journal of Evolutionary Biology
• DOI:10.1093/jeb/voag066
• URL:https://academic.oup.com/jeb/article-abstract/39/9/1144/8741432
• 公表日:2026 年 8 月 24 日(Advance access publication)
