2026年10月21日
長崎大学大学院医歯薬学総合研究科(薬学系)薬品分析化学分野の岸川直哉教授は、三菱ガス化学株式会社、サウジアラビア・タブーク大学のDr. Mahmoud El-Maghrabeyとの共同研究において、ピロロキノリンキノン(PQQ)(※1)を極めて高感度に測定できる新しい高速液体クロマトグラフィー(HPLC)分析法(※2)を開発しました。
PQQは食品や母乳中に含まれる微量成分であり、近年、生体機能との関連が注目されています。しかし、生体内に存在する濃度が極めて低いため、その分布や生理的役割については未解明な部分が多く残されていました。
本研究では、PQQを蛍光性誘導体へ変換する独自の前処理法(※3)を開発し、一般的なHPLC蛍光検出システムを用いて、1兆分の1 gレベルのPQQを検出できる超高感度測定を実現しました。さらに、本分析法をヒト母乳および血しょう試料(血液の血球成分を除いた液体の試料)へ適用し、母乳中PQQ濃度の実態を明らかにしました。これにより、母乳中PQQ濃度と血しょう中PQQ濃度との間に明確な関連が認められないことを見いだし、母乳中へのPQQの移行や分泌が特有の生理学的機構によって制御されている可能性を示しました。
本成果は、母乳中の生理活性成分に関する研究や、母子の健康維持に関する栄養学研究を支える基盤技術として期待されます。
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【研究成果のポイント】
・母乳(※4)や血液中のピロロキノリンキノン(PQQ)を高感度に測定できる新しい HPLC 蛍光分析法を開発しました。アセトンによる蛍光誘導体化反応を利用することで、PQQ を強い蛍光を示す化合物へ変換します。
・PQQ 標準品に対して 0.22 nM (約 1 兆分の 1 g) という極めて高い検出感度を達成しました。
・ヒト母乳 59 検体中 51 検体から PQQ を検出し、母乳中濃度は 1.6~57 nM の範囲にあることを明らかにしました。
・母乳中 PQQ 濃度と血しょう中 PQQ 濃度との間に有意な相関は認められず、母乳への移行が単純に血中濃度を反映していない可能性が示されました。
【研究の社会的背景】
ピロロキノリンキノン(PQQ)は、食品中に微量に存在するキノン化合物であり、ミトコンドリア機能や酸化還元制御への関与が示されています。発酵生産されたピロロキノリンキノンジナトリウムは食品として販売されており、脂肪代謝改善、老化抑制の機能が報告されています。また、乳児の発育との関連も示唆されていることから、母乳中に含まれる PQQ への関心が高まっています。
一方で、母乳中の PQQ 濃度は極めて低く、従来の測定には高価な質量分析計などの特殊な装置が必要でした。そのため、母乳中 PQQ の実態については十分なデータが得られていません。
こうした背景から、母乳中 PQQ の生理的役割を明らかにするためには、より簡便かつ高感度な分析法の開発が求められていました。
【研究の成果】
PQQ とアセトンとの反応によって生成する蛍光性誘導体に着目し、高感度 HPLC 蛍光分析法を開発しました。生成した誘導体は強い蛍光を示し、従来の HPLC 蛍光検出システムを用いた高感度測定が可能となりました。開発した分析法の検出下限は 0.22 nM (約 1.5 pg、1 兆分の 1 g レベル)であり、高価な質量分析装置を用いなくとも、生体試料中の PQQ を十分な感度で測定できることを示しました。
開発した分析法をヒト母乳および血しょう試料へ適用し、母乳中の PQQ の実態調査を行いました。その結果、59 検体中 51 検体の母乳から PQQ を検出することに成功しました。母乳中 PQQ 濃度には個人差が認められたものの、母親の年齢、採乳時間帯、授乳期間との明確な関連は認められませんでした。
さらに、母乳中 PQQ 濃度と血しょう中 PQQ 濃度との関係について解析したところ、両者の間に有意な相関は認められませんでした。一般に、血液中に存在する成分は血中濃度を反映して乳汁中へ移行すると考えられていますが、今回の結果は、母乳中の PQQ 量が単純に血液中の濃度によって決まるわけではない可能性を示しています。このことから、PQQ が乳腺における取り込みや輸送、分泌などの生理学的機構によって制御されている可能性を示唆しており、母乳中 PQQ の供給機構を理解するうえで興味深い知見と考えられます。
【今後の展望】
これまで母乳中 PQQ に関する報告例は限られており、その由来や生理的役割には不明な点が多く残されていました。本研究は、母乳中 PQQ の実態を比較的大規模な検体数で明らかにするとともに、その移行・分泌機構の解明につながる新たな知見を提供するものです。今後は、食事由来 PQQ の摂取と母乳中濃度との関連や、母乳中 PQQ が乳児の発育・健康に与える影響について詳細な研究を進めます。また、本分析法を活用することで、母乳中 PQQ の供給機構や生理的意義の解明が進むことが期待されます。
【用語解説】
※1 ピロロキノリンキノン(PQQ):食品や母乳中に微量に含まれるキノン化合物。近年、細胞のエネルギー産生や酸化還元反応との関連が注目されており、生体内での役割の解明が進められている。
※2 高速液体クロマトグラフィー(HPLC):液体の試料に含まれる複数の成分を分離定量するための代表的な分析手法。試料をカラムと呼ばれる分離部に通し、成分ごとの性質の違いを利用して分離した後、検出器により定量する。医薬品、食品、生体試料など幅広い分野で利用されている。
※3 蛍光誘導体化:蛍光を発しない物質に化学反応を利用して蛍光性を付与する前処理方法。微量成分を高感度に測定するために広く用いられている。
※4 母乳:母親の乳腺で産生される乳児のための栄養源。タンパク質、脂質、糖質に加え、ビタミン、ミネラル、生理活性物質など多様な成分を含み、乳児の成長や発達を支えている。また、その多くの成分は血液から乳腺へ取り込まれて供給される。
【論文情報】
掲載誌: Microchemical Journal
論文タイトル : Fluorogenic pre-column derivatization for ultrasensitive HPLC determination of pyrroloquinoline quinone in human milk and plasma
著者: Naoya Kishikawa, Mahmoud H. El-Maghrabey, Sumire Yokoyama, Narumi Ushijima, Kazuto Ikemoto, Naotaka Kuroda
DOI: https://doi.org/10.1016/j.microc.2026.119875Available online: 1 October 2026
