2026年11月04日
【概要】
東京農業大学・長崎大学・帝京科学大学の研究チームは、これまでほぼ不明であったオスのマッコウクジラの個体間の関係性について明らかにするために、長崎県沖の五島海底谷と北海道の根室海峡において得られた長期的な個体識別※1記録を分析しました。その結果、若い小型のオスでは、個体同士のつながりが10年以上にわたって維持される可能性が示唆されました。このオス同士の結びつきは、体が大きくなるほど弱まり、性成熟に近い体長13~14 m付近で急激に低下することが明らかになりました。一方で、大型のオスでも特定の相手との関係は長期間続くことも示唆されました。こうした社会性の変化には、性成熟に伴う生理的な変化のほか、成長による餌の必要量の増加、単独で餌を探す能力の向上、捕食リスクの低下などを通じて、集団生活の利益とコストのバランスが変わることが関係している可能性があります。
五島海底谷で観察された若いオスマッコウクジラの群れ |
【研究のポイント】
・五島海底谷の比較的小型のオスでは、特定の相手と繰り返し同伴し、10年以上続く長期的な社会関係が存在する可能性がモデルから示唆されました。
・五島海底谷と根室海峡における個体識別調査の結果から、体長の小さなオスほど他のオスと一緒にいる頻度や一緒にいる相手の数が多い傾向がみられました。
・オスのマッコウクジラの性成熟の時期に近い、体長13~14 m付近で、他個体との付き合いの程度が急激に弱まることが示唆されました。
・一方で、成長しても解消されずに残る特定の相手との関係が存在する可能性が示唆されました。
【背景】
多くの動物は、仲間と集まることで捕食者から身を守ったり、餌を見つけるための情報を得たりする一方で、餌をめぐる競争が生じるなどの不利益を受けることもあります。そのような集団で暮らすことの利益とコストは、個体の体の大きさや成長段階によって変化すると考えられています。また、哺乳類のオス同士は一般的に競争的な関係になることが多く、長期間続く強い結びつきが見られる場合も、血縁や繁殖との関係が指摘されてきました。オスのマッコウクジラは、成長すると生まれ育った集団を離れ、若いオス同士で群れをつくります。オスの群れは構成個体の成長に伴って群れサイズが減少し、大型のオスは単独や2~3頭の小規模な群れで行動するようになると考えられてきました。しかし、オスの群れを視覚的に把握することは難しく、オス同士がどのような関係を築いており、その結びつきが体の大きさによってどのように変化するのかは十分に分かっていませんでした。本研究では、オスのマッコウクジラの長期にわたる識別記録から、これを明らかにしました。
【研究手法と主な結果】
東京農業大学・長崎大学・帝京科学大学の研究チームは、長崎県沖の五島海底谷と北海道の根室海峡で10年以上にわたり蓄積したそれぞれ38頭と226頭のオスのマッコウクジラの個体識別記録を分析しました。マッコウクジラは潜水時に尾びれを上げます。その傷や欠けの形を手がかりに個体識別を行い、同じ時間帯に確認された個体の組み合わせを調べました。そして、同伴指数※2(2個体が一緒にいる時間の割合の推定値)を用いて、オス同士の結びつきの強さを数値化し、体長との関係を調べました。
五島海底谷の比較的小型のオスでは、特定の相手と繰り返し同伴する関係がみられました。同伴関係がどの程度続くかを調べるため、標準化遅延同伴率※3を用いてモデル解析を行ったところ、数か月程度の短い関係と10年以上続く関係が存在することが示唆されました。次に、五島海底谷と根室海峡のオスを比較したところ、小型のオスほど、他個体との結びつきの強さを示す同伴の強度※4(ほかの個体との同伴指数の合計)が高く、体長が大きくなるにつれて低下する傾向がみられました(図1)。
図1 体長と同伴の強度(association strength)の関係〔掲載論文のFigure 3〕。(a) 全個体、(b) 体長14 mを超える個体。黒丸:五島海底谷、白丸:根室海峡。各点は1個体。 |
最もよく同伴する相手との同伴指数も小型のオスほど高く、体長が大きくなるにつれて低下し、特に性成熟に近い体長13~14 m付近で低下が目立ちました。一方、体長14 mを超える大型のオスでは、体長と最もよく同伴する相手との結びつきの強さの間に統計的に有意な相関は認められませんでした。これは、性成熟前後に多くの同伴関係が希薄になる一方で、大型になっても解消されずに残る特定の相手との関係が存在するためかもしれません(図2)。
図2 体長と最もよく同伴する相手との同伴指数(maximum association index)の関係〔掲載論文のFigure 4〕。(a) 全個体、(b) 体長14 mを超える個体。黒丸・白丸は図1と同じ。 |
【期待される効果、今後の予定】
本研究は、従来知られていた大型のオスほど群れの頭数が少ないという現象に加え、個体間の社会的な結びつきの強さも大きくなるにつれて低下することを明らかにしました。こうした変化には、性成熟に伴う生理的な変化のほか、体が大きくなるにつれて必要な餌の量が増えること、単独で餌を探す能力が高まること、捕食者に襲われる危険が小さくなることなどが関係している可能性があります。本研究は、動物が集団で暮らすことの利益とコストが成長段階によってどのように変わり、その社会構造を形づくるのかを理解するための手がかりとなる成果です。今後は同じ個体をさらに長期間追跡し、成長に伴う社会関係や行動の変化を明らかにするとともに、社会性の変化に関わる要因についての仮説を検証していきたいと考えています。
【 研究プロジェクトについて】
東京農業大学・長崎大学・帝京科学大学の共同研究。長崎県沖の五島海底谷と北海道の根室海峡における10年以上の個体識別記録を利用して、オスマッコウクジラの同伴関係と体長との関連を調べました。
研究支援:JSPS科研費 15K07225、21K06350、22K19201。
【論文情報】
論文名:Decreasing Sociality With Body Size in All-Male Groups of Sperm Whales (Physeter macrocephalus)
著者名:Hayao Kobayashi, Kagari Aoki, Masao Amano
雑誌名:Marine Mammal Science, e70297 (2026)
DOI:https://doi.org/10.1111/mms.70297
公表日:2026年10月13日(オンライン公開済み、オープンアクセス)
【 用語解説・補足説明】
※1 個体識別:マッコウクジラが潜水時に水面上へ上げる尾びれの傷や欠けの形から個体を区別すること。
※2 同伴指数:2個体が一緒にいる時間の割合の推定値。オス同士の結びつきの強さを表す指標。
※3 標準化遅延同伴率(SLAR):ある時点で一緒にいた2個体が、一定の時間が経過した後にも一緒に
いる確率を推定する指標。同伴関係がどの程度長く続くかを調べるために用いる。
※4 同伴の強度:それぞれの個体について、他の個体との同伴指数を合計した値。他の個体とどのくら
い一緒にいるか、どれくらい多くの個体と一緒にいるかという社交性の指標。
