HOME > Research > 詳細

Research

ここから本文です。

海洋温暖化と酸性化が生態系に与える影響の解明(詳細記事追加)

海洋酸性化(Ocean Acidification)とは
大気中二酸化炭素濃度は産業革命前の280ppmから387ppm(2009年現在)まで上昇しており 1),21世紀末までに540〜970ppmに達すると予測されています 2)。二酸化炭素濃度の上昇は,海水温の上昇ばかりでなく,海水に溶解した二酸化炭素によるpHの低下(海洋酸性化)と海水の温度膨張などによる海面上昇を引き起こしていることが最近明らかにされつつあります 3,4)。産業革命以降,世界の平均表面海水pHは0.1低下したと考えられており,今世紀末までにはさらに0.14〜0.35低下すると予測されています 2)。海洋酸性化は全世界の海洋で起こっていますが,南氷洋で特に急速に進行すると考えられており,南氷洋の表面海水は,アラゴナイト(炭酸カルシウムの1種)に関して2050年までに未飽和になると予想されています 5)。

海洋酸性化の生物影響
海洋酸性化は海水の炭酸カルシウム飽和度を低下させることから,初期の海洋酸性化の生物影響に関する研究は,サンゴなどの生物石灰化の過程にどのような影響が及ぶかについて盛んに行われました。しかし現在,海洋酸性化は海洋生物に様々な影響を与えることが明らかにされつつあります 6)。私たちの研究グループは,栗原晴子琉球大学テニュアトラック助教らとの共同研究によって,二酸化炭素増加による海水の酸性化が単独あるいは海水温の上昇と相まって海洋生物に与える影響を明らかにしつつあります。
貝類は人間の食料としても重要な資源ですが,マガキとムラサキイガイの初期発生が海水pHの低下によって強く阻害されることがわかりました 7,8)。特に授精後数日の間に起こる幼殻の形成を強く阻害し,マガキではpH7.4 (pCO2 2270μatm)の海水中で発生を行わせると授精後48時間では正常な幼生の率がわずか5%に低下することを発見しました(対照区 68%, pH8.1, pCO2 350μatm)。ムラサキイガイでは実験区(pH7.4 pCO2 2000μatm)の稚貝はほとんど100%が形態異常を起こすことが判明しました(図1)。さらに長崎近郊にも多く生息する甲殻類のイソスジエビを1000μatm pCO2環境下で30週間飼育したところ,生残率が55%であること(対照区 90%),メスの成長が抑制されること,また索餌に重要と考えられる第2触覚が対照区の3分の1の長さになること,などを確認しました 9)。
現在はバフンウニの再生産に関する実験を行っていますが,9カ月の飼育実験の結果,1000μatm pCO2条件下では卵巣の成熟が対照区に比べて1か月遅くなること,さらに1000μatm pCO2条件に2℃の水温上昇を組み合わせると,卵巣の成熟が強く抑制され,卵数が対照区の5分の1にしかならないことを示す結果を得つつあります(未発表データ)。魚類についてはほとんど知見はありませんが 10),私たちは魚類や魚類の餌として重要なアミ類についても長期飼育実験を行って,様々な生物に対する海洋酸性化及び温暖化の影響を解明しつつあります。また,海洋酸性化は南極周辺海域で最も早く進行すると予測されているため,私たちはオーストラリア南極局の研究者らとナンキョクオキアミに対する酸性化影響についても研究を進めています。

海洋酸性化研究の今後
海洋酸性化に関する研究は,この数年間ようやく盛んに行われるようになってきました。大気中二酸化炭素が及ぼす影響のうち,温暖化は種々の要因が複雑に影響するため予測精度が高くないのに対して,酸性化は単純な化学反応であるため,海洋酸性化進行の予測精度は温暖化とくらべて高いと言われています。現在まで,研究室で人工的に作った高CO2炭素環境下で個々の生物種における影響を研究してきましたが,今後は生態系への影響を考慮して生物間の相互関係(例えば被食・補食など)等についても研究を行っていきたいと考えています。
日本人はタンパク源を海洋生物に大きく依存しており,今後の海洋環境の変化が海洋の生物生産性に及ぼす影響を明らかにすることは,私たちの食料確保という観点からも極めて大きな重要性をもっています。

自然海水(control)およびpCO2を2000μatmに上昇させた海水中(CO2)で120時間および144時間飼育したムラサキイガイの幼生

図1 自然海水(control)およびpCO2を2000μatmに上昇させた海水中(CO2)で120 時間および144時間飼育したムラサキイガイの幼生。上段:光学顕微鏡写真,中段:偏光顕微鏡写真(緑色は幼殻の石灰化を示す),下段:走査電子顕微鏡写真。上段および中段のスケールは50μm,下段は20μm (文献8より(c)Inter-Researchの許可を得て転載)。


(参考文献)
1)    http://www.esrl.noaa.gov/gmd/ccgg/trends/
2)    Intergovenmental Panel on Climate Change (2007) Climate Change 2007: The Physical Science Basis. Cambridge University Press, Cambridge, 996 pp.
3)    German Advisory Council on Global Change (2006) The Future Oceans - Warming Up, Rising High, Turning Sour. http://www.wbgu.de/wbgu_sn2006_en.html
4)    The Royal Society (2005) Ocean acidification due to increasing atmospheric carbon dioxide. http://royalsociety.org/Report_WF.aspx?pageid=9633&terms=ocean+acidification
5)    Orr JC et al. (2005) Anthropogenic ocean acidification over the twenty-first century and its impact on calcifying organisms. Nature 437, 681-686.
6)    DoneySC, VJ Fabry, RA Feely, JA Kleypas (2009) Ocean Acidification: The Other CO2 Problem. Annu. Rev. Mar. Sci. 1:169-92.
7)    Kurihara H, S Kato, A Ishimatsu (2007) Effects of increased seawater pCO2 on the early development of the oyster Crassostrea gigas. Aquat. Biol. 1, 91-98.
8)    Kurihara H, T Asai, S Kato, A. Ishimatsu (2008) Effects of elevated pCO2 on the early development of the mussel Mytilus galloprovincialis. Aquat. Biol. 4: 225-233.
9)    Kurihara H, M Matsui, H Furukawa, M Hayashi, A Ishimatsu (2008) Long-term effects of predicted future seawater CO2 conditions on the survival and growth of the marine shrimp Palaemon pacificus. J. Exp. Mar. Biol. Ecol., 367, 41-46.
10)    Ishimatsu A, M Hayashi, T Kikkawa (2008) Fishes in high-CO2, acidified oceans. Mar. Ecol. Prog. Ser., 373:295-302.