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平成23年度長崎大学卒業式学長告辞

2012年03月23日

 長かった寒い冬が去り、この日を待っていたかのように、桜の蕾もほころび始めています。平成23年度長崎大学卒業生の皆さん、大学院修士課程修了生の皆さん、長崎大学すべての教職員を代表して申し上げます。卒業そして修了おめでとう。今日まで、卒業生、修了生を見守り支え続けてこられた、ご参列のご家族の皆様にも心よりお祝い申し上げます。

 同じこの場所で入学式に臨んだあの日から4年あるいは6年、長崎大学生としてのこの年月は君たちにとって長いものであったのでしょうか、それともあっという間の短いものだったのでしょうか。多くのことを学び、多くの出会いを体験し、悩みそして喜び、自立した知識人として一まわりも二まわりも大きく成長したにちがいありません。今、この場所で自らの成長を実感してください。長崎大学で、何を学び、どんな個性を自らに見出し、そしてどのような志を立てることができたのか、社会の大海原への船出のとき、いま一度確認してほしいと思います。

 1年前の3月11日、東日本大震災という未曾有の大災厄がこの国を襲いました。大震災の前と後では、私たち日本人の心象風景が大きく変わったように感じます。それだけ大きなインパクトを与えた出来事でした。この1年間、君たちも様々のことを感じ、考え、そして行動し、中には実際に被災地に赴いた諸君もいることと思います。被災地は、いまなお癒えることのない悲しみと多くの困難の只中にあります。どうか、大学生活最後の1年間のことを忘れないでください。そして、これからも、被災地に変わることのない思いを馳せ、エールを送り、被災地のために何ができるのかを考え続けてください。そのことが、社会人としての君たちの未来に、この国の未来に、確実に大きな意味をもつことになります。

 私は最近、心に響く言葉に出会いました。それは、「この国に内在する復興バネを働かせるために、今こそ強固な意志で楽観論を語ろう」、ある新聞に掲載された論説の中の一節です。大変強い感銘を受けました。そうです。ともすれば内向きに陥りがちな今の日本全体の精神状況の中で最も重要なこと、それは、未来へ向けて「楽観論を語る」ことなのです。困難の渦中にあって楽観論を語るには、強固な意志が必要です。それでは、この強固な意志の“よすが”となる「この国に内在する復興バネ」とは何なのでしょうか。

 南北に細長く四方を海に囲まれた日本列島には、四季があり、山や谷は季節の移ろいとともに見事にその表情を変えます。豊かな森と川にも恵まれ、そしていたるところで温泉が湧き出しています。この美しい島国は、一方で、地震、津波、洪水、火山噴火などの自然災害の頻発地域としての宿命を背負わされています。東北地方の太平洋沿岸域に限っても、今回と同規模の津波が過去にも数百年毎に定期的に襲来したことが、地層調査によって明らかにされています。

 ある外国人ジャーナリストは、今回の大震災直後の被災者の穏やかな表情の中に、「日本人の無常観を見た」と記しました。無常、常なるもの無し。無常観とは、世の中に永遠なるものは一つもない、形あるものは必ず壊れる、人は生きてやがて死ぬという無常を受容した上での世界観です。明治の稀代の科学者寺田寅彦先生は、「日本人は自然の猛威にあらがわず頭(こうべ)を垂れ、生活を守るため知恵と工夫を重ねてきた。太古の昔から、地震列島の住人として天然の無常観を培ってきた」と指摘しています。重要なのは、日本人は自然災害を無常として受け入れるにとどまらず、それを乗り越えるための知恵と工夫を生み出す「考える力」を長い歴史の中で営々と培ってきたことだと思います。

 「考える力」とともに、日本人は卓越した「学ぶ力」も先駆的に有していると思想家内田樹(たつる)さんは喝破しています。大陸から隔絶された辺境の島国日本の歴史は外来文化を受け入れ学ぶ歴史であったといってよいと思います。遣隋使・遣唐使の時代は中国からの大陸文化を,中世ルネサンス以降はヨーロッパからの西洋文化を日本人は必死で受け入れ学びました。明治維新の後は欧米に学びその背中を必死で追いかけ先進国の仲間入りを果たしました。第二次世界 大戦後の驚異的経済復興も同様です。学びつづけること,それこそが日本人の歴史であったと言ってよいのかもしれません。辺境の民である日本人は,学ぶことが生き延びるうえで死活的に重要な役割を果たすことを先駆的に確信し、「学ぶ力」がその血や肉と化しているということです。先駆的な学ぶ力とは,その意味や結果を疑うことなく学ぶことのできる力であり、学ぶことに常に楽観的であることのできる力です。

 「この国に内在する復興バネを働かせるために、今こそ強固な意志で楽観論を語ろう」。ここでいう復興バネの本質は、日本人が先駆的に有している「考える力」そして「学ぶ力」にこそある、私はそう思います。その力によって、この国は、これまでも多くの災厄、困難に直面しながら、その都度それを乗り越え、新たな発展局面に転化することに成功してきました。自らを信じ、未来に向けて「楽観論」を語り、そして強固な意志の力で前に進めば、今回もこの内在する「復興バネ」が必ずや起動するに違いありません。

 それにしても、東日本大震災と原発事故、その後の事故対応や復興対応プロセスは、問答無用に私たちを、この国が現在かかえる困難と正対させることになりました。経済は回復への出口を見いだせず、政治はこの国の未来のための意思決定すらできないほど混迷しています。すなわち戦後の高度成長を実現した既存のシステムや価値観が完全に破綻し、今や、時代は新たな未知の領域に突入しているのです。目を世界に転じると、急速な構造転換を背景に世界は不安定化すると同時に、人類はかつて経験したことのない地球規模の新たな危機に直面しています。経済不況,環境破壊,食糧・エネルギー問題,核兵器の拡散、感染症……全て地球規模です。この国の復興を成し遂げ、地球規模課題を克服し,次世代以降も持続可能な世界を展望するために,私たち人類には,新たな価値観の創出と社会システムの変革が迫られています。

 もう一度申し上げます。「この国に内在する復興バネを働かせるために、強固な意志で楽観論を語ろう」。未来に向けて大いに楽観論を語ろうではありませんか。そして、ひとりひとりが、この国の進むべき道筋や、その中で自らが為すべきことについて、諦めずに、空気に流されることなく、そして真剣に、想像力を駆使して自分の頭で考えることが要求されます。多様な個性から迸(ほとばし)る様々なアイデアや知恵や行動の中から、必ずや将来に光を放つブレイクスルーが生み出されるはずです。

 楽観論が意味を持つための必須の要件、それは未来を担う君たち若者の本気度であり目の輝きです。若者たちの破天荒な想像力にくわえて、柔軟な感性、そして疲れをしらない行動力や突破力こそが大きな力となります。君たちは大学で、多くのことを学び,そして多くの付加価値を身につけてきたはずです。専門的知識も大切ですが,君たちが大学で身につけたものの中でもっとも大事なものは「学びの技法」,受身ではなく,主体的に学ぶための方法論であり、それにより培われた想像力であると思います。机の上で勉強することに止まらず、自ら観察し,調べ,体験し,考え,決断し,そして実践する,これら一連のプロセスを全て含みます。多くの本を読み、レポートや論文を書く、実験や調査活動により得られた事実を積み上げて新しいアイデアや価値観を創出する、あるいは患者さんの訴えや所見から病気の診断を導く、これらの作業を通して、君たちは知らず知らずの間に「学びの技法」を獲得し、想像力を養ってきたのです。自らの「学びの力」に自信を持ってください。そして、それを糧に、卒業して後も学び続けてください。想像力にさらに磨きをかけ,自らの頭で考え、新たな未知の時代を切り拓く主役になってほしいと思います。

 さあ、君たちの出番がもうすぐそこまで来ています。君たちが漕ぎ出す海の波は高いことでしょう。しかし、チャレンジしがいのある荒海です。君たちの活躍の舞台は、この国のそして世界中のいたるところに準備されています。背筋を伸ばし、胸を張り、そして眦(まなじり)を決して、未知なる未来へと漕ぎ出してください。期待しています。がんばってください。

 大学院進学で大学に残る諸君もいるでしょうが,ほとんどの皆さんは今日長崎大学を飛び立ちます。お願いがあります。今後の人生の中で,時には長崎大学での記憶に,長崎という街の匂いに思いを馳せてほしいのです。そして,母校の動向や後輩たちのがんばりにも目をとめてください。同窓の先輩たちこそ,母校の最大の応援団です。最後に、長崎大学の後輩たちへの応援,ご指導,叱咤激励を、心よりお願いして、お祝いの辞といたします。

平成24年3月23日
長崎大学長
片峰 茂

 

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