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平成25年度卒業式学長告辞

2014年03月25日

  薄曇りの春の柔らかな陽射しの中で、満開間近の桜の花が咲き誇っています。皆さんの旅立ちにふさわしい素晴らしい日となりました。平成25年度長崎大学卒業生の皆さん、大学院修士課程修了生の皆さん、卒業そして修了おめでとうございます。今日まで、卒業生、修了生を見守り支え続けてこられた、ご参列のご家族の皆様にも心よりお祝い申し上げます。

  入学から今日までの4年あるいは6年、君たちは、多くのことを学び、たくさんの出会いを体験し、悩みそして喜び、大きく成長したことでしょう。今、自らの成長を実感してください。

  4年前の入学式で、私は皆さんに4枚の写真をお見せしながら、「長崎大学で学ぶことの意味、長崎という街に住み学ぶことの意味を考えてください」と申し上げました。長崎大学が先駆的に有する記憶を共有することが、長崎での学びに意味を見出す第一歩であると考えたからです。覚えているでしょうか? 150年前幕末の動乱期にあって長崎大学の基礎をつくった先達たち。1945年8月9日この頭上の空で爆発した一発の原子爆弾。ノーベル化学賞を受賞された我らが先輩下村脩先生。そして、西の海の彼方に思いを馳せて風頭山に立つ坂本龍馬像。以上4枚の写真です。幕末の先達たちの青雲の志、原爆に倒れた先輩たちの無念、下村博士の一途さ、龍馬の世界に馳せる夢、長崎大学にしかない記憶です。長崎大学で学び、日々、長崎という街の匂いを嗅ぎ、生活することを通して、君たちが意識しようがしまいが、君たちの心の中に刻み込まれたに違いありません。今後の人生の中で、これらの記憶が心の中で呼び覚まされることが何度かはあると思います。君たちを勇気づけ、君たちの未来を切り拓くための糧になることでしょう。他の大学の卒業生にはない、長崎大学の卒業生のみが有する財産です。大切にしてください。

  そして、3年前の3月11日、あの大震災が東日本の太平洋岸を襲いました。想像を絶する揺れと巨大な津波は、街を破壊しつくし、多くの人々が命を落とし、多くの人々が家族を失い住む家を失いました。そこに福島第一原子力発電所の事故が追い討ちをかけました。君たちの中にも、被災地に支援に赴き、あるいは義援募金のために街角に立った者が多くいると思います。そして、全ての諸君が被災地に心底からのエールを送ったことでしょう。長崎大学もがんばりました。ご存じのとおりです。

  私たちは、東日本大震災や福島原発事故を通して多くのことを学びました。自然の力の巨大さ。自然の力の前には人類が蓄積してきた科学や知恵がいかにちっぽけなものであったのかを思い知らされました。そして、科学者は自然に対してあくまで謙虚であるべきことを再認識させられました。ある外国人ジャーナリストは、被災直後の被災者の皆さんの整然とした行動や穏やかな表情の中に、「日本人の無常観を見た」と記しました。日本人についても改めて考えさせられたのです。そして、事故処理と復興の経緯の中で、中央政府や電力会社をふくめた日本の社会システムの中に、リスク・マネジメント=危機を管理する力や仕組みがなかったことも思いしりました。その中で機能したのは、地域と地域、大学と大学、個人と個人といった現場レベルでの連携でした。海外からの支援も大きな力になりました。これまで世界の国々を支援する立場であった日本も、逆に世界から支援を受けなければならない時があることを知ったのです。私たち日本人は、東日本大震災を契機に、様々な課題を改めて認識し、この国が変わらなければならないこと、今まさに時代の変革期にあることを痛感させられたのだと思います。

  福島県をふくめた被災地は未だ困難と苦難の中にあります。しかし、多くの課題を抱えつつも被災地では真の復興に向けた新たな胎動が始まっています。卒業生の皆さん。君たちが大学生として目撃し体験した東日本大震災を、君たちのこれからの人生の原点の一つに据えていただきたいのです。あの時の衝撃を、感じ考えたことを忘れないでください。東日本大震災が私たち日本人に突き付けた課題と、正面から向き合ってください。そして、被災地にエールを送り続けてください。現場力と行動力のある専門家という長崎大学ならではの資質を身に着けて巣立つ君たちの、それぞれの場所での今後の活躍が、直接あるいは間接に被災地の復興に貢献することになります。

  今、社会のグローバル化が急速に進行しています。ヒト・モノ・カネや情報が国境をこえて超高速で行き交い、私たち人類は、かつて経験したことのない地球規模の危機に直面しています。貧困、環境破壊、食糧・エネルギー問題、感染症・・全て地球規模です。君たちに要求されるのは、世界の何処に在っても、多様な人種や文化とコミュニケートし、自らを主張し、リーダーシップを発揮する力です。君たちの主戦場が国内あるいは地域にあるとしても、そんなグローバル人材としての資質が要求される時代です。長崎大学での学びで基盤はできたはずです。これからも、学び続け、挑戦しつづけ、グローバル人材として成長しつづけてください。

  ところで、世界のボーダーレス化の一方で、厳然として日本という国家は存在し、私たちは日本という国の国民なのです。少し難しいかもしれませんが、ボーダーレス世界における国家の意味について少し考えてみてください。これは私からの君たちへの宿題でもあります。君たちが海外に出ると、問答無用に日の丸を背負うことになります。世界は君たちを日本人として認識し敬意を表してくれることでしょう。君たちは日本の国民であることを改めて自覚することになります。そして、日本人としてのアイデンティティは、グローバルに活動する君たちの力強い武器になります。

  国家の基本的要素は、国境線で仕切られた領土と国に属する国民に加えて、国家主権という名の権力です。国家の中心的な機能は、社会秩序を継続的に維持し、社会的安定を担保することであり、そのために権力は対内的にも対外的にも行使されます。社会学者マックス・ウェーバーは、国家の権力の実態は軍隊と政治を職業とする政治家や官僚であると説明しています。通常は、国家は大変頼りになる存在です。私たち国民の財産や快適な暮らしや安全そして健康を保証してくれています。しかし、国家が厄介な存在となることもあります。

  昨年末、私は東京での、長崎県と中国大使館との合同忘年会に出席しました。大変なごやかな会で、程永華駐日中国大使も上機嫌で私たちに親しく接してくれました。ところが、その翌日、安倍首相が靖国神社を参拝したのです。テレビの中で、激しく抗議する中国大使の顔は、前日とは別人のものでした。一瞬、凍りつくような感覚に襲われました。過去の日中間の戦争の歴史が頭をよぎったのです。私は、首相の靖国参拝の是非を問うているのではありません。過去の歴史に学べば、国家の間に利害の対立が生じ、そこに国家の権力が発動されたとき、後戻りのできない国家間の抗争=戦争につながるリスクが生じます。現在のウクライナとロシアはまさにそのリスクの渦中にありますし、日本と中国、韓国の間でもリスクが醸成されつつあるのかもしれません。

  私には大きな希望があります。グローバル化し、ヒト、モノ、カネ、情報が国境をこえて行き交う現代の新しい世界システムが、これまで繰り返されてきた国家間の戦争の歴史を克服し、持続可能な世界を実現し、世界の平和を維持するために機能してくれることです。恐らくそれは、グローバル人材にかかっています。国家、民族、言語、宗教、文化を異にする人々と理解し合い、とことん議論し、協働することのできる多くの人材が、政治、経済、医療、学術、文化など様々な分野において役割を果たすことが必須の条件となります。今後、グローバル人材として活躍することになる君たちに、ボーダーレス世界における国家の意味、グローバル人材の果たすべき役割について考え続けてほしいのです。そして、原爆被災を体験した大学で学んだ者として、戦争のない世界、核兵器のない世界への思いを抱き続けてくれることを心より期待します。

  君たちの未来は無限に拡がっています。最後に,卒業生、修了生の皆さんの今後のご健闘を,心よりお祈りして,お祝いの言葉とします。

平成26年3月25日
長崎大学長
片峰 茂

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