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平成28年度卒業証書・学位記授与式学長告辞

2017年03月24日

平成28年度長崎大学卒業生の皆さん、大学院修士課程修了生の皆さん、卒業そして修了おめでとうございます。今日まで、卒業生、修了生を見守り支え続けてこられた、ご参列のご家族の皆様にも心よりお慶び申し上げます。全ての教職員及び在学生を代表してお祝いの言葉を申し上げます。

医学部・歯学部・薬学部薬学科は6年間、それ以外の学部生諸君は4年間、大学院生は2年間ご苦労様でした。勉強熱心でさらに長く6年以上在学してくれた諸君もいることでしょう。その間、君たちは長崎大学で、多くのことを学び,そして多くの付加価値を身につけてくれたものと信じます。専門領域の知識はもちろんですが,それに加えて君たちが大学で身につけた最も大切なものは,受身ではなく,主体的に学ぶこと、そのための方法論=「学びの技法」であり、それにより培われた想像力であると思います。机の上での勉強に止まらず、五感で感じ,体験し,考え,調べ,議論し、決断し,そして実践する,これら一連のプロセスです。多くの本や文献を読み、レポートや論文を書く、実験や調査活動により得られた事実を積み上げて新しいアイデアや価値観を導きだす、患者さんの訴えや所見から病気の診断を導く、これらの作業を通して君たちは知らず知らずの間に「学びの技法」を獲得し想像力を養ってきたのです。教育、経済、医療、モノづくり、水産・環境などの実学分野で構成される長崎大学は、「現場力、危機対応力、そして行動力」をキーワードに他にはない際立つ個性を有しています。今も、アフリカや福島を始め、世界や地域の様々の現場で、その個性が輝きを放っています。この長崎大学の実学の伝統に裏打ちされた「学びの技法」は、長崎大学ブランドの専門職業人として成長した君たちの存在を際立たせます。長崎大学での学びに自信を持ってください。それは、君たち自身の未来を切り拓くための大きな力となるはずです。

君たちの未来は無限に拡がっています。ただし、そこにはこれまで人類が経験したことのないほどの大きな変化が待ち受けていると思って間違いありません。いくつか例を挙げます。グローバル化が着実に進行する中、利益追求一辺倒の経済至上主義が綻びを見せ始めています。富が極端に偏在しつつあります。貧困、難民問題とテロリズム、すべてグローバル経済に伴う格差の拡大と密接に関係しています。AI(人工頭脳)、IoTやロボット技術の発達は、異次元のイノベーションをもたらし現代社会が抱える多くの課題を解決する可能性があります。一方で、人間の営為のかなりの部分を機械やシステムが肩代わりし、確実に人間の働き方や生き方を変えることになります。有り余る時間や労働力を我々はどのように使えばよいのでしょうか?生命科学領域においては、いずれ人間の遺伝子の発現様式や構造そのものを操る技術や、試験管の中で様々な臓器を再生する技術が開発されます。それは、間違いなく我々の既存の生命観に修正を迫ることになります。日本においては、間もなく未曾有の超高齢化社会が出現します。これらの変化は、人間の価値観や世界観に歴史を画する非連続的な変容を迫る可能性があります。私たちは改めて“幸せ”とは何かを問い直さなければいけません。

そんな大変容の時代にあっては、50年先はおろか、20年先、10年先を見通すことすら至難です。君たちが未来に向かって歩むための道標を見出すことも容易ならざる時代かもしれません。今日は、人生のひとつの節目にあたり、大変容の時代にいかに立ち向かい、君たちの素晴らしき人生をいかにして創造するのかという大テーマと向き合ってみてください。

著名な経営学者ピーター・ドラッカーは“未来を予測したければ、自ら未来を創造せよ”と喝破しています。既存の知識や常識に頼ることなく、やるべきことを明確に意識し、それに全力を傾注する明確な意志、自らの手で未来を創造する気概、心意気の重要性です。近代日本の大変革期であった明治維新のオピニオン・リーダー福沢諭吉は自著「学問のすすめ」の中にこう記しています。「変化の時代こそ個々人が自分を新たに活かす場所を見つけ気概をもって活躍するときである。この時代を傍観せずに発奮すべきである。変革期は既存の価値観や手法が通用しないため、既存の権威よりも新しく効果的な学修を積んだ者が勝利する」。変革期こそ、気概をもって学び挑戦する人物の活躍の場が急増するのです。

変容の時代であるからこそ、君たち若者には多くの活躍の舞台が準備されています。逆に言えば、明治維新がそうであったように、多くの若者の活躍なしに変革期の展望は開けません。君たち一人ひとりが、それぞれの舞台で輝きを放ってくれることを心より期待します。平凡であること、凡庸な生き方も一つの価値観です。しかし、君たち長崎大学の卒業生には、あえて「非凡であれ」と申し上げたいと思います。それは、特段に頭がよいとか、身体能力や技量に秀でているといった通りいっぺんの非凡さとは異なります。キーワードは個性です。各人が、自らの個性を自覚し、それを磨き、自らの夢を描き、志を立て、それに忠実に、諦めずに努力し続ける態度、その先にオンリーワンの非凡さが生まれます。非凡であること。けっして簡単なことではありません。王道はありません。それぞれのやり方で挑戦してください。

ヒントになるかどうかわかりませんが、今日は特別に君たちへの餞(はなむけ)として、私自身がずっと大切にしてきた我が恩師の言葉を紹介します。それは、「野心のない熱心さは平凡に近い」というものです。野心を闘争心と言い替えてもよいかもしれません。目標を達成するためには単純な熱心さに加えて、困難をはねのけ前進し続ける力を蓄える「闘争心」が必要であると解することができます。ところが、我が恩師は、野球の「や」に心(こころ)と書いて野心、これを「野ごころ」と読みます。「野ごころなき熱心さは平凡に近い」となります。「野ごころ」の意味するところは、広々とした野に出た時に感じる、とらわれぬ闊達な心のことです。皮相な理解で才気を誇るスマートさに走るな!目先の功名や利益にとらわれるな!「野ごころ」を持ち、遅く鈍(のろ)であっても良い、ひたむきに学問や事に当たるべしというものです。自らと向き合う無心の境地=「平常心」と言い換えてもよいでしょう。「闘争心」と「平常心」この一見相反する心を併せ持つこと、その切り替えこそが、非凡さを生むと説いているのです。武道・スポーツや芸術における真剣勝負を経験した諸君には実感しやすい言葉かもしれません。

さて、あらためて、長崎大学ですごした時間を振り返ってみてください。私は、大学の最大の役割は、学生諸君にできるだけ多くの出会いの機会を提供することにあると思っています。友との出会い、教員との出会い、学問との出会い、価値観との出会い、新たな自分との出会い、皆さんそれぞれ、長崎大学で様々の出会いを果たしことと思います。その中に、君たちの人生に大きな意味を持つことになる掛け替えのない出会いがあったとすれば、幸いに思います。そして、様々な体験も積み重ねたことでしょう。喜び、笑い、感動し、時には歯を食いしばり、涙したこともあったでしょう。最も清新で柔軟な感性を有するこの時期における体験は鮮烈で、一生心に刻まれる記憶となります。今後の人生の様々な場面で心の中に蘇り、君たちの背中を前に押す役割をしてくれるはずです。長崎は本当に美しい街です。そこには心優しき人々が住み、豊かな食や文化が存在します。そして街には他にはない匂いの風が吹いています。江戸時代の出島や原爆被ばくなど鮮烈な記憶が醸し出す匂いです。多くの諸君が長崎を離れることになります。美しい街=長崎、個性あふれる長崎大学。そこでの出会いや思い出をこれからも大切にしてください。

今も世界の何処かで戦闘やテロにより人々が殺され、核戦争のリスクも減るどころか現実味をおびかけています。現在世界に存在する1万5千発の核弾頭は地球全てを破壊するに十二分な数です。被ばくという稀有の体験を有する大学で学んだ人間として、平和や核兵器廃絶への思いも忘れないで下さい。

改めて今後の君たちのご健闘を心よりお祈りします。君たちが社会で輝きを放つことが、母校長崎大学にも光をもたらします。君たちは長崎大学の希望なのです。「君たちは長崎大学の夢である」。この言葉を最後に贈り結びといたします。

本日は、まことにおめでとうございました。

平成29年3月24日
長崎大学長
片峰 茂

                                                                                                                

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